河野談話を守る会のブログ2

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秦郁彦の著作の問題点=初期の慰安婦問題ー国会質疑から

秦郁彦に『慰安婦と戦場の性』(新潮選書)という慰安婦問題を扱った440ページを超える大作がある。現代的な歴史研究書というよりも、昔の例えば『吾妻鏡』であるとか、その手の歴史書に近い感じで、現在進行形の慰安婦論争を解説しながら作者の価値観や感情が入っているという珍しい形態のものだ。いやどちらかと言えば、エッセイか漫談か講談の類に近い。「悪質な解説文」とか「私は直感した」とかの表現は最近の歴史学者達がめったに論文では使わない個人的価値観の表明であり、はては「・・・推測される」「・・・定着させたようである」などと想像で書いていたりする。歴史エッセイとか慰安婦」講談とか言う類のものではないかというのが、私の率直な感想であり、残念ながら「歴史書」としての評価は低い。これは彼の同僚の歴史学者も同意見ではないかと思うが、秦氏のこの著作を引用した歴史学者の論文を私は見た事がない。また海外の研究者に引用されたという話も聞かない。右派によると秦郁彦は「実証的歴史学者」なのだそうだが、とんと理解し難い意見である。
 
さてその秦郁彦の書いた慰安婦と戦場の性』の冒頭部分のP12に「それをやや舌足らずの国会答弁(後述)に結びつけて「国としての関与を認めてこなかった」とこじつけた」という表現がある。
 
1992年1月11日に吉見義明中大教授が朝日新聞に発見した5点の資料を発表し、朝日が「募集など派遣軍において統制、すみやかに性的慰安の設備を」とか「軍関与は明白、謝罪と補償を」と報道した事に対して、
 
「・・・・・・・関与という曖昧な概念を持ち出して、争点を絞った朝日新聞の手法に「やるもんだなあ」と感嘆した。
 
防衛図書館の「陸支密大日記」は30年前から公開されていて、慰安婦関係の書類が含まれていることも、軍が関係していたことも、研究者の間では周知の事実だった。慰安所を利用した軍人の手記や映画やテレビドラマのたぐいも数多く、この種の見聞者を含めれば、軍が関与していないと思う人のほうが珍しかっただろう。それをやや舌足らずの国会答弁(後述)に結びつけて「国としての関与を認めてこなかった」とこじつけたのは、トリックとしか言いようがない」(P12下段)
 
 
うーんと唸ってしまうが、唸っていてもしょうが無いので、話を進めるが、これはむしろ秦郁彦の方の”こじつけ”である。
なぜなら、日本政府が「国としての関与っを認めなかった」と答弁していたのはまったくの事実だったからである。
1990年から1992年初頭の朝日の報道までの間の国会答弁の中に「慰安婦」を扱う項目は16件存在しているのだが、その多くで、日本政府は、「当時そういった役所関係では朝鮮人の方の従軍慰安婦については関与していなかったというふうなことでございまして・・」とか「民間人が連れて歩いて」とか「調べても分からなかった」と逃げている。(下に記述)
 
この「関与はなかった答弁」を聞いて、金学順さんが1991年8月に日本軍慰安婦の被害者としてはじめて名乗りでたのは、それなりに有名なエピソードである。(『村山・河野談話見直しの錯誤』P67)
 
こうして政府が「関与していない」と答えている以上、その嘘を指摘する史料を発表して「関与はあった」と書くのは、何の問題もないし、秦氏が言うような「それをやや舌足らずの国会答弁(後述)に結びつけて「国としての関与を認めてこなかった」とこじつけ」では到底あり得ないだろう。何を称して「こじつけ」と言うのか?さっぱり分からない。
 
それとも、16回も答弁して「関与を認めない」も舌足らずだと言うのだろうか?「国の関与を認めてこなかった」は”こじつけ”ではなく、実際に「関与してない」と国側が答弁していたのだからただの事実であったと言える。それを「舌足らずの答弁にこじつけた」と書いたところに、秦氏の”こじつけ”と”捏造”の姿勢が見える。以後、全編にわたってこの手の誤誘導が見られるので、暫時指摘して行きたいと思っている。
 
これでこの実証的歴史家が何ら実証的でさえなく、自分の感情的価値観に従って書いている事が、慰安婦と戦場の性』の冒頭部分からすでに明らかになってしまったのである。だから「歴史講談」に過ぎないではないか?と私は疑っている・・・・・
 
(つづく)
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ところでこんな場合ちゃんとした研究者は、何月何日の国会答弁と脚注にでも書くものだが、「後述」としか書いてなかったので調べてみた。
慰安婦問題に対しての答弁は1990年ごろから1992年1月までに、16件が存在している。前田朗教授が指摘する慰安婦質疑の始まり=1990年6月の国会質問(下述)では国側が「関与してない」と答えている。(『季刊戦争責任研究』第60号、2008年P77)
 
 

 平成02年06月の質疑応答
 
 
001/003] 118 - 参 - 予算委員会 - 19号
平成02年06月06日
 
 
本岡昭次君 先ほど言いましたように、海軍作業愛国団とか南方派遣報国団とか従軍慰安婦とかいう、こういうやみの中に隠れて葬り去られようとしている事実もあるんですよ。これはぜひとも調査の中で明らかにしていただきたい。できますね、これはやろうとすれば。

○政府委員(清水傳雄君) 従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております
 
[115/115] 120 - 参 - 外務委員会 - 1号
平成02年12月18日
清水澄子君 次に、日韓、日朝ともに日本の過去の歴史の清算にかかわる問題が非常に大きくクローズアップされてきていると思います。この問題は日本がみずから解決しなければならない道義上の問題であると思いますし、そして重要な政治課題だと思いますが、きょうは余り時間がありませんので、内容に立ち入った質問は同僚や私自身も次回に譲りたいと思いますが、当面する二、三のことをお尋ねしたいと思います。
実は、六月六日の参議院予算委員会で同僚議員の本岡議員が朝鮮人の強制連行の調査に関連しまして従軍慰安婦の問題をただしたのに対しまして、労働省清水職業安定局長が政府答弁として、従軍慰安婦は軍、国家と関係なく民間の業者が勝手に連れてきたものというふうな趣旨の回答をなされておりますけれども、これは大臣お答えください。政府の認識にこのことは変わりありませんか。私はそこだけ確認させていただきたいわけです。
○説明員(戸刈利和君)労働省職業安定局庶務課長
 お答え申し上げます。
朝鮮人の従軍慰安婦問題につきましてですが、これにつきましてその後労働省でも調査をいたしてみたわけでございますけれども、実は労働省関係では資料が残されておりませんでした。それから、当時厚生省の勤労局でありますとか国民勤労動員署でありますとか、そういったところに勤務しておられた方から事情を伺ったわけでございますけれども、これも当時そういった役所関係では朝鮮人の方の従軍慰安婦については関与していなかったというふうなことでございまして、労働省として朝鮮人の方の従軍慰安婦についての経緯等全く状況がつかめなかったということでございま
す。
ただ、先ほど申し上げましたように、厚生省関係ではやっていなかったということは……
清水澄子君 そういうことは聞いていません。私の質問にだけ答えてください。国と軍は関係していなかったのか、いたのかということだけです。いなかったというお答えでしたから、それをもう一度確認しておきたいんです。
○説明員(戸刈利和君) 少なくとも私ども調べた範囲では、先ほど申し上げましたように、厚生省関係は関与していなかった、それ以上はちょっと調べられなかったということでございます。調べたけれどもわからなかったということでございます。
 
 
 
 
001/003] 118 - 参 - 予算委員会 - 19号
平成02年06月06日
 
 
本岡昭次君 先ほど言いましたように、海軍作業愛国団とか南方派遣報国団とか従軍慰安婦とかいう、こういうやみの中に隠れて葬り去られようとしている事実もあるんですよ。これはぜひとも調査の中で明らかにしていただきたい。できますね、これはやろうとすれば。

○政府委員(清水傳雄君) 従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております
 
本岡昭次君 強制連行とは、それでは一体何を言うんですか。あなた方の認識では、今国家総動員法というものの中で、それが範疇に入るとか入らないとかと、こう言っておりますが、それでは範疇に入るものは、一体何人あったからそれはどうだとか言うんならわかるんですけれども、すべてやみの中に置いておいて、そういうものはわからぬということでは納得できないじゃないですか。
 
○政府委員(清水傳雄君) 強制連行、事実上の言葉の問題としてどういう意味内容であるかということは別問題といたしまして、私どもとして考えておりますのは、国家権力によって動員をされる、そういうふうな状況のものを指すと思っています。
本岡昭次君 そうすると、一九三九年から一九四一年までの間、企業が現地へ行って募集したのは強制連行とは言わぬのですか。
○政府委員(清水傳雄君) できる限りの実情の調査は努めたいと存じますけれども、ただ、先ほど申しました従軍慰安婦の関係につきましてのこの実情を明らかにするということは、私どもとしてできかねるんじゃないかと、このように存じます。

本岡昭次君 今のような労働省の役人の方が来られてぼそぼそぼそぼそやっているこの姿ね、本当に恥ずかしいと思いませんか。
それは盧泰愚大統領と海部総理大臣が、戦後の問題は終わった、過去はこれでと言ったって、やっぱり戦後処理の中の最大の問題が私も調べれば調べるほどここにあると。本当の信頼関係を樹立しようと思えば、やはりこの強制連行に始まったさまざまな朝鮮の植民地政策の具体的な中身は何であったのかということを我々自身の手で明らかにすることを怠ったんでは、本当の意味の信頼関係なんというものはつくれない、こう思うんですよ。
それにしても一番けしからぬのは警察ですよ。全部特高月報というところで、こういう民間の資料も全部出してきておるんですよ。当時の特高が何月号何月号という雑誌を出して、その中に強制連行何ぼしてきたかということをやってきているんですよ。それを知らぬ知らぬでは許されぬ。絶対それは警察の責任で、これは民間の人でさえ資料に出せるんですから、あなた方でそれは入手できるはずです。私のところへ持ってきてください、それ。(「関係省庁がやると言っているんだから」と呼ぶ者あり)関係省庁の中には警察は入っとらへんのだ、今までの中には。警察を入れてください。
 
 
その後、警察から史料の一部が出て来るまで、6年以上の歳月を費やしている・・・・。