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<アジア女性基金>の失敗を責任転嫁する大沼保昭ー『慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪』を読む)

(全文敬称略)



アジア女性基金>の創設者、吠える!

国会で五十嵐官房長官が使った「見舞金」という言葉をメディアの責任に転嫁する大沼保昭



大沼保昭は、去年の文芸春秋11月号に慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪』という文章を書いている。

この中で大沼はメディア攻撃論を展開している。
去年、産経、読売、正論、will、ポスト、サピオ文芸春秋、文春、新潮、Voice・・・などで、右派の朝日新聞攻撃は最高潮に達した。この右派マスコミの大合唱の結果、8月の朝日新聞の訂正→謝罪へと追い込まれたわけだが、その流れに乗ればメディア批判もたやすい。
大沼はその流れに乗ってメディア批判をしているのだろう。・・・特に「アジア女性基金」の失敗を、朝日をはじめとしたメディアに押し付けたのがこの文章であると言える。

自分が悪いんじゃない、メディアが悪いんだという右派に流行のやり方である。以前、橋下市長が自己正当化のためにさんざんマスコミが悪い式な言動をして顰蹙を買っていたが、それとよく似ている。

この中で大沼は、「償い金」という言葉を巡って、こんなことを書いている。


~略~
たとえば、ほとんどのメディアは、アジア女性基金が元慰安婦の方々にお渡しした「償い金」を「見舞金」と言い換えました。これは重大な問題です。われわれは日本国民の償いの心が示されるように、わざわざ「償い金」という表現を選んだのです。ところが、多くのメディアは、”金をつかませて黙らせる”というネガティブなイメージすらある、手あかのついた「見舞金」という言葉で報道したのです。「見舞金」は、韓国では「慰労金」と訳され、われわれが「償い金」に込めた思いとはまったく違ったイメージが韓国に広がってしまった。
~略~
文芸春秋11月号p181~p182、慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪』




つまり、メディアが「償い金」を「見舞金」と言い換えたのが原因で誤解が広まったというのである。しかし、このストーリーは重大な抜け落ちが多くみられ、彼の造った物語に過ぎない。


なぜならこの「見舞金」という言葉は基金設立前の1995年3月の国会質疑の中にも現れているからである。
しかも創設者の一人である五十嵐広三官房長官の口によって語られているのである。


参 - 予算委員会 - 12号
平成07年03月13日
kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/132/1380/13203131380012.pdf
ただいま委員、御質問でお話しのように、非常に難しい問題でありまして、それぞれ関係各国の政府あるいは団体、当事者あるいは国連関係機関あるいはその他関連する諸団体等々、非常にいろいろ多様なこの問題の見解があることは御承知のとおりでございます。
 我が国といたしましても、この問題の深刻な内容、殊に女性の名誉と尊厳を著しく傷つけているこの問題の解決についてこれまで真摯に取り組んでまいったところであります。与党でも、御案内のように、五十年問題プロジェクト従軍慰安婦問題等小委員会における報告等もございましたり、さまざまな各方面の意見というものも伺いながら、私どもとしては、この際、国民参加をいただきながら、戦後五十年である今年、この問題についてやはりしっかり取り組んで関係者の御理解をいただきたい、こういうふうに思って、先年来、殊に昨年の八月三十一日における総理談話というものを土台にしながら本当に苦労して作業を進めているところでございます。
 今の基金による見舞金等を骨子とする現在の私どもの考え方というのは、私は、先ほど来申し上げた非常に難しい多様な考え方のある中で、この道しかないと思われる考え方を詰めに詰めて決めたものだというふうに思っておりますので、関係機関の御理解をどうしてもいただきながらこの方向で作業を今後とも進めてまいりたい、このように考えているところであります。

五十嵐広三官房長官この質疑から3ヶ月後には、「基金」構想と事業に関する公式な発表をしているhttp://awf.or.jp/6/statement-07.html )ここでは「償い」という言葉を使っている。



これが、1995年3月の話である。

「見舞金」という言葉を使った国会答弁が<アジア女性基金>が発足する前になされているのに、メディアが勝手に「表現を選んだ」ように書いているのが、大沼論文である。官房長官が「見舞金」と述べた以上はメディアが「見舞金」と書いて何の問題があるだろうか?


だから、これを隠蔽し、メディアの責任にしたのである。


(自分は五十嵐広三官房長官の私的アドバイザーだったと語る大沼保昭
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つまり、仲間だから、これには触れないという事なのだ。自分たちを客観的に見れなくなって、”勝手な(主観的な感情に彩られた)物語り”を捏造し始めたら、学者としてはもはや終わりに近いだろう。
そして、「見舞金」と書いた新聞記事自体が、ごく初期以外はほとんど存在しないことも、書いておきたい。「ほとんどのメディアは、アジア女性基金が元慰安婦の方々にお渡しした「償い金」を「見舞金」と言い換えた」と大げさな被害妄想を展開しているのだが、ほとんどのメディアとはどのメディアの事なのだろうか?第一「アジア女性基金」の「償い金」を「見舞金」と解釈したメディアがあったとして、何が悪いのかさっぱり分からない。たとえ「慰謝料」ともし書いたとしても、それは「基金」の実体をよくあらわしていたとしか、言いようがないだろう。




<見舞金記事>
朝日新聞1994年8月18日、10月25日など