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副官通牒についての考察

 「副官通牒」とは「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」の事である。
 この「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という通牒については、様々な意見がある。たとえば右派がアメリカの新聞に意見広告した[the facts]

1938年3月4日に出された陸軍通牒Army memorandum 2197(軍慰安所従業婦等募集に関する件陸支密受第2197号)では、軍の名を不正に利用した募集方法や誘拐に類する募集方法を明確に禁止しており、そのような募集方法を使った業者はこれまでと同じように罰すると警告している。

と書いている。

しかし、下に掲載したこの通牒のどこにも「募集方法や誘拐に類する募集方法を明確に禁止」しておらず「これまでと同じように罰すると警告」などもなされていない。ゆえにこの解釈は、史料を無視したただの憶測にすぎない。
はっきり言えばデタラメである。史料の読み方も分かっていない人間が書いたものと言うしかない。
通牒は「遺漏なきよう配慮」を命じており、軍が慰安婦を集めている事が、世間一般に漏れないように注意を促しているのである。

ではなぜ、こうのような注意の喚起が必要だったのだろうか?
その答えを知るためには、この時代にどんな事が起っていたかを知らなければならない。







          和田春樹の説明


この「軍慰安所従業婦等募集に関する件」について、まず和田春樹は

「(各県警察報告等のやりとりの)流れの中で観るべきである。業者と軍の結びつきが誇示されるのは困るし・・・」

「アジア平和国民基金1999年、『政府発表文書にみる「慰安所」と「慰安婦」一『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』を読む』 
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p007_031.pdf#)
と書いている。


ではその流れはどんなものだったのか?というと


 上海の軍の要請を受けて、まず上海の徳久、神戸市の中野という2人の業者が日本へ出発した。この2人は内務省に援助を要請し、内務大臣の秘書官から紹介の名刺をもらい、かつ警務課長から兵庫県警察部長に要請をしてもらうことに成功した。内務省警務課長は12月26日
事情聴取ノ上何分ノ便宜ヲ御取計相成度
兵庫県警察部長に電報を打った。2人は12月27日に兵庫県警察部長を訪問し、「最少限五百名ノ醜業婦」を募集したい、周旋業の許可が無いが黙認してほしい、かつ年末年始の休暇中だが渡航手続きをしてほしいと表明した。兵庫県警察部長は一般渡支者と同じように証明書を所轄警察署で発給することを指令した。陸路長崎へ赴きそこで乗船した者が約200名に達した。年が明けて昭和13年1月8日、神戸発の臨時船丹後丸で渡支した40~50名のうち、湊川讐察署で身分証明書を発行した者20名がいた(「醜業婦渡支ニ関スル経緯」、同、105-109頁)。



つまり兵庫県では、おおむね警察は業者に便宜を謀ったのである。

ところが和歌山県群馬県山形県などで業者が強引な勧誘を行い、そのために相次いで警察沙汰になるという事態を迎えた。

「軍が娼婦なんか、集めるものか、軍の威信を貶めるような事を吹聴するのはけしからん」というわけで、群馬県知事や茨城県知事は、業者に対して厳重な取締を命じた。

そこで困った内務省は通達を出したのだ。和田はこう書いている。


こうなって放置も出来ないと考えた内務省警保局長は昭和13年(1938年)2月23日付けで通達

支那渡航婦女ノ取扱二関スル件」を出した。

婦女ノ渡航ハ現地ニ於ケル実情ニ鑑ミルトキハ蓋シ必要已ムヲ得ザルモノアリ。警察当局ニ於テモ特殊ノ考慮ヲ払ヒ実情ニ即スル措置ヲ講ズルノ要アリト認メラルル

しかし

募集周旋等ノ取締ニシテ適正ヲ欠カンカ帝国ノ威信ヲ毀ケ皇軍ノ名誉ヲ害フノミニ止マラズ銃後国民特ニ出征兵土遺家族ニ好マシカラザル影響ヲ与フルト共ニ婦女売買ニ関スル国際条約ノ趣旨ニモ悖ルコト無キヲ保シ難キヲ以テ

以下のように定めるとしている。慰安婦となる者は内地ですでに「醜業婦」である者で、かつ21歳以上でなければならず、渡航のためには本人が警察署に出頭し、親権者の承諾をとるべしと定めた(同、69-75頁)。21歳以上という規定は当時日本も加入していた国際条約で、未成年の婦女に醜行をさせることを禁じた規定があったためである。


さらに、上でみて来た和歌山県群馬県山形県・・などのように警察が業者を不審人物だと思い、逮捕したりしたりするのは、世間の非難を浴びてしまう。そこで現地軍に対して、「業者をちゃんと選んでくれ」「警察と連絡を密にしてくれ」という≪慰安所従業婦等募集ニ関スル件≫が出された。これによって北支方面の現地軍に対して、「警察にはそっちが連絡してくれ」「軍の面目に関わる事なんだから、あまり世間の注目を集めるなよ」と注意を促しているのである。


(3月4日には陸軍省副官も「軍慰安所従業婦等募集二関スル件」として北支方面軍、中支派遣軍参謀長に通牒を出している。)
■  軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件[陸軍省副官](昭13・3・4)


支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為内地ニ於テ之カ従業帰等ヲ募集スルニ当リ、故ラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ、為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ、且ツー般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ

或ハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スル

ので、

将来是等ノ募集等ニ当リテハ、派遣軍ニ於テ統制シ、之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ、其実施ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニ

せよと述べている(2巻、5-7頁)。この通牒は吉見氏が発表し、「陸軍省の関与を示したもっとも重要な文書」と言われているが、この流れの中において見られるべき資料である。業者と軍の結びつきが誇示されることはこまるし、誘拐同様のやり方をする者もこまるので、慎重にことを進めて、軍の方から憲兵や警察には了解をとるようにせよというのが通牒の内容であった。

「業者と軍の結びつきが誇示されることはこまるし、誘拐同様のやり方をする者もこまるので、慎重にことを進めて、軍の方から憲兵や警察には了解をとるようにせよというのが通牒の内容であった」と和田は結論を述べている。
この解説は合理的である。


          永井和や吉見義明

副官通牒について永井和や吉見義明の意見をとりまとめると次のようなものだ。

永井和は、
「警察憲兵との連絡を密にするように命じた出先軍司令部向け指示文書。業者に強制連行を取り締まるのを禁じた文書ではない」
『陸軍慰安所の創設と慰安婦募集に関する考察』 http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/guniansyo.html より)


吉見義明は
「徴集業務を統制し、業者の選定と徴集の際、業者と地元警察憲兵との連携を密接にするように指示した文書」

従軍慰安婦1995、ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/27/9#p1より)

と書いている。

さらにこの通牒が「内地においての従業婦等募集」についてのみ、述べている事も重要である。上記の「支那渡航婦女ノ取扱二関スル件」も、「21歳以下」は内地に限定された通牒であり、朝鮮半島や台湾などでは完全に無視された。ましてや占領地においては、年齢制限を守ろうとした如何なる証拠も存在していないのである。





受領番号:陸支密受第二一九七号 起元庁(課名):兵務課
    件名:軍慰安所従業婦等募集に関する件


・保存期間:永久(印)
・決裁指定:局長委任(印)
・決行指定:櫛淵陸軍省大臣官房副官) 押印
・次官     梅津陸軍省次官) 押印
・高級副官 櫛淵陸軍省大臣官房副官)押印
・主務局長 今村均陸軍省兵務局長) 押印
他、主務副官・主務課長・主務課員 押印

陸支密
副官ヨリ北支方面軍及中支駐屯派遣軍参謀長宛通牒案
支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ故ラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或イハ従軍記者慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或イハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少カラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於テ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実施ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ以テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス
陸支密七四五号  昭和十三年三月四日
現代仮名遣い
副官より北支方面軍および中支派遣軍参謀長宛通牒案

支那事変地における慰安所設置のため、内地においてこれの従業婦等を募集するに当り、ことさらに軍部諒解などの名儀を利用したために軍の威信を傷つけかつ一般民の誤解を招くおそれあるもの、あるいは従軍記者、慰問者などを介して不統制に募集し社会問題を惹起するおそれあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選適切を欠くために募集の方法が誘拐に類し警察当局に検挙取調を受けるものあるなど 注意を要するものが少なからざるについては、将来これらの募集などに当っては派遣軍において統制し募集に任ずる人物の選定を周到適切にしてその実施に当たっては関係地方の憲兵および警察当局との連繋を密にし軍の威信保持上ならびに社会問題上遺漏なきよう配慮相成たく依命通牒す。



その後昭和17年4月分に
内務省警保局(現在の警察庁にあたる官庁)の外事課が刊行していた『外事月報』に次のような記事(「南洋行酌婦募集広告取締」)がある。


神戸在住の芸妓紹介業者井上某が、「南洋方面軍慰安所に稼働すべき酌婦を募集するに当り、葉書に行先南洋○○方面(海軍慰安所)と印刷せるもの二百枚を全国各地に郵送」した。その葉書が秋田県で発見され、警察は「防諜並軍の威信保持上之を阻止することにし、兵庫県に於て前記井上に対し将来を厳戒、残部五十枚を任意提出せしめた」

これは、いかなる犯罪でもなく、ただ慰安婦を集めるための葉書を警察が没収しているが、この通牒「慰安所従業婦等募集に関する件」を受けて、「連繋を密にし軍の威信保持上ならびに社会問題上遺漏なきよう配慮」した結果であろう。軍と警察にとっては、軍が慰安婦を集めていることは、「威信保持」に関わる事なのでできるだけ隠したかったのである。