萩生田光一 官房副長官は、「ゴールポスト」をずらすな!
「今後、この合意にそって韓国側において適切に解決されるように努力されるものだと認識しておりまして、この像がすべての交渉の前提であるという認識では、我々も、ございませんので、それは党も御理解いただけるものと思います。」
(自民党をなだめた格好だったが、実は安倍が稲田に発言させたのではないかという疑惑がある)
【2016年1月7日午前】
以前文字起こししたので再掲しておこう。リンクを読めば背景の事情も分かると思う。
ところが、萩生田は4月27日の記者会見では、産経記者の質問に答えてこう述べた。
(それにしても、産経記者、滑舌が悪すぎる上に「まあ」が多すぎる。質問の論理性が保たれておらず、その代わりのつなぎが「まあ」なので何を聞きたいのか?今一分からない。
そういうわけで一応文字起こししたが、よく聞き取れていない部分もあるのでご了承いただきたい。)
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(なぜ、新しい関係を築いて行くのに平和の碑の撤去が必要だと考えるのだろうか?その辺も謎である。むしろ「慰安婦の碑」は加害国である日本にこそ建てるべきものである)
微妙に変化させており、今回は「前提ではない」としながら、「そういうことも含まれている」としている。もはやこの連中には何を言っても馬耳東風なのだろうが、それにしても酷すぎる。「合意」に含まれていれば、履行しなければならない。「含まれている」というのは、履行しろと圧迫しているのである。
こんな連中を信用できるわけがない。「日本丸」の舵を任せて、我々の生命や財産、子孫たちの未来を任せられるのは危険すぎる話だ。すでに10兆円だか、20兆円だかの公的資金をアベノミクスが上手く行っているフリをするために株につぎ込み、穴をあけている。今後もそういう事が続いて行くのだろう。この嘘つき政権の下では。
「私は認識をしております」と萩生田が述べているのは、韓国政府や国内報道に何か突っ込まれた場合に、逃げ道を開けているのであろう。何か有った時に「あれは私の個人的な意見だった」と言逃れできるからだ。こういうのだけはしっかりしてるんだよね、この人達。日本政府代表としての公式記者会見の場で「個人的意見」を述べたとしたら、それ自体が不適切というしかないのだが。
日本政府がゴールポストをずらして来た歴史は長く、包括的である。
かつて日本政府は 「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」 と日本国民と世界に対して約束したのである。河野談話はとくに韓国に限定して出した談話ではないが、すでに名乗り出ていた韓国の多くの被害者たちも、期待をもって聞いていたに違いない。
ところがこのような約束しておきながら、日本政府は全ての歴史教科書から、慰安婦に関する記述を消そうとして来た。歴史教科書攻撃の先頭をきっていたのが、安倍議員である。そしてその安倍が官房長官になったころから、急速に歴史教科書から記述が消えて行った。
ひところ、「韓国がゴールポストをずらす」という国会での安倍首相発言や産経新聞の報道があったが、実はゴールポストをずらしまくって来たのは、日本政府の側である。河野談話の約束だけではない。首相の手紙の約束はどうなったのか?さらに謝罪した後から後から、閣僚の妄言が飛び出し、謝罪を無意味にして来たのが「慰安婦」問題の歴史である。
その日本政府に今日君臨しているのは、「河野談話は吉田清治の嘘を根拠にしている」とか「(元慰安婦が)嘘をついていたということも明らかになった」と公言していた安倍であるhttp://peacephilosophy.blogspot.jp/2015/07/blog-post_11.html。いつのまにか言い分を少しづつ変えて行き、前者は言わなくなり、後者は「辛酸なめた」とか同情するフリをする事を覚えたらしい。その嘘つき政権の一員がこの萩生田光一 内閣官房副長官なのだということを今回再確認した。
それにしても、いい加減「少女像」と呼んでないで、政府としては「平和の碑」という正式名称で呼ぶべきである。まっ馬耳東風だろうが・・・・。
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