秦郁彦講師、その変質と詭弁の論理
最初に「韓国人7,8割強制連行説」を唱えたのは秦郁彦
『日本陸軍の本・総解説』 (1985)で
「昭和期の日本軍のように、慰安婦と呼ばれるセックス・サービス専門の女性軍を大量に戦場に連行した例は、近代戦史では他にない。その7・8割は強制連行に近い形で徴集された朝鮮半島の女性だったが、建前上は日本軍の「員数外」だったから、公式の記録は何も残っていない。・・・・他に類書がないという意味で貴重な調査報告といえよう。」
という。
短い文章だが、専門家の中で、この時代にこれほど明確に「慰安婦強制連行説」を書いた歴史家は他にいない。もしその後意見を変質させて行かなければ、秦氏は「慰安婦強制連行説」の先駆者として今頃は国連人権委員会辺りでおおいばりで演説していたかも知れない。
それが、今では右派政治家の走狗と化して、「強制連行否定」の詭弁を使うようになるのだから、人生は分からないものだ。
だいたい秦氏はどういう定義で「強制連行」という言葉を使っているのだろうか?それがまたよく分からない。「狭義だ」「広義だ」なんて言ってないで専門家として視聴するに価する定義をお願いしたいものだ。
まさか安倍ちゃんのように「官憲が家に押し入って無理やり連れて行った」のが「狭義の強制だ」なんていうとても大学を出たとは思えないような定義の付け方をしないだろうな。
今日では、強制連行派の代表と言われている吉見義明中大教授の著作の場合は、挺身隊対策協議会と同じ定義を使っているようだが。
挺身隊対策協議会が1993年に発行したの著作物である『証言・強制連行された朝鮮人慰安婦たち』は極めて史料価値の高い著作物だったが、証言に基づきながら最初に「慰安婦の強制連行」を定義した著作でもあった。この著作物ではすでに吉田証言(P25、26)への疑義が登場しているが、これ以後韓国でも日本でも専門家の間では吉田証言は資料価値を失った。
ゆえに挺身隊対策協議会でも吉見氏たちのような歴史家の著作でも、その後、吉田清治を根拠におく文章を発見することはできない。
しかし専門家ではない、例えば韓国の新聞などでは「吉田清治の名前」が時折登場した事もあるようだ。
挺対協による「強制連行」の定義
「当時の国際条約に規定されているように[詐欺または、暴行、脅迫、権力乱用、その他一切の強制手段]による動員を強制連行だと把握するならば、本調査の19人の場合は大部分が強制連行の範疇に入る。」
というのが、挺身隊対策協議会の「強制連行」の定義であり、この定義はごく当然である。なぜなら、いわゆる三菱などの国策企業への「強制連行」もだいたいそんな定義だからだ。そして総動員下の強制連行は、三井、三菱、住友・・・などの国策企業が朝鮮内に張り巡らされた愛国班や警察を通して行っていた。とくに「軍や警察の力」を背景とした動員が多かったと言う。
この『慰安婦と戦場の性』だが確かに語り口が上手いし、元から知識の無い人がこれを読んでしまうと大きな影響を受けるにちがいない。しかしたくさんの詭弁の論理を感じるのだが・・・