結婚をしたから奴隷ではないのか?

ウンチク
日本人捕虜尋問報告 第49号通称「ミッチナ資料」http://ianhusirixyou.seesaa.net/article/384124029.html?1404638851
には、
「結婚申し込みの事例はたくさんあり、実際に結婚が成立した例もいくつかあった」
と書かれているので、それを根拠にしている訳だが、ビルマの慰安所については文玉珠さんの著作を始めとしてたくさんの著作の記述が存在するのに「結婚した」と書かれているのはこれだけである。「申し込み」はあったかも知れないが、戦地で結婚が成立するとは到底思えないので、おそらく何らかの誤解があったものと推定される。もし戦地で結婚した場合、籍はどうなるのだろうか?借金はどうなったのか?もちろん、高級将校や国策企業の出向者が金を出して妾(オンリー)にするのは有りうる話であるが。
「ピクニックに行った」という記述もあるが、戦地で兵隊が慰安婦を誘ってピクニックなどあり得ないだろう。片言の日本語でやり取りした上に英語に翻訳する上で「兵隊の慰問に行く」がピクニックに行くに翻訳されたのではないかと考えられるのである。
『新ゴーマニズム宣言3』P178より
作者である小林よしのりが『アンクル・トムの小屋』などの文学作品を読んでいない事はほぼ確実である。
アメリカの奴隷制度では、黒人奴隷たちが結婚し、子孫を残した例もたくさんあるどころではなく、主人と雇い人としていい関係を造っていた例もある。だからこそアメリカ合衆国内に3000万にも増えたのだ。『アンクル・トムの小屋』では黒人奴隷であるイライザとジョージは所帯を持ち、ハリーという可愛い子供に恵まれていた。イライザは自分の部屋を持っていた。主人公のトムと婦人のクローもたくさんの野菜や果物が採れ、ノバラやキンセンカが生い茂った素敵な小屋に住んでいた。そこでトムは、若旦那に英語のスペルを教わったりしている。
主人のシェルピーはトムを信頼しており、幼いハリーに愛情を示していた。中山知子訳の『アンクルトムの小屋』の表現を使うとこうなる。
少し描写を書きだしてみよう。
「ここへおいで、ジム・クロー(ハリー)」子供が傍に来ると、旦那さまは頭をなでてやって「さあ、こんどは歌って、踊ってうまいところを一つ、お客様に見せてあげなさい。」すると男の子は、ゆたかな澄んだ声で歌いはじめた。黒人仲間によく歌われる、そうぞうしい、ふざけた歌だ。歌いながら手足を動かし、ひょこひょこと身体をくねらせる。それがちゃんとリズムに乗っている。 (中山知子訳『アンクル・トムの小屋』世界の名著ポプラ社、P9、10)
どうだろう?
とても奴隷には見えない光景である。
ネトウヨ流に言えば、「踊ったり、歌ったり、とても奴隷には見えないぞー」ということになるな。
こうした描写からは、彼らが奴隷であるという証拠は見出せないかも知れない。
しかし、やっぱり「奴隷」なのだ。
なぜなら、トムに対してもハリーに対しても主人に所有権があるからである。
所有権があるという事は、自分がお金が必要になると他の人に売る事ができるという事だ。すると次の所有者は、このシェルピーのように愛情を持たず、すぐにムチをふるったりするかも知れない。
この『アンクル・トムの小屋』の中ではそうなってしまうのである。
所有されている
そこが重要なので、国連の「奴隷」の定義ではその部分を明確にしている。表現は少し難しいが、言っている事はそういう事だ。
- 「奴隷化すること」という用語については、従来から用いられてきた意味に限定されない。
- 人を「奴隷化すること」とは、人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人 ー特に女性及び児童ー の取引(人身売買)の過程でそのような権限を行使することを含む。
- 人を性的奴隷状態におくことは、奴隷化することの一形態であり、本人の自己決定権、移動の自由および本人の性的活動に関する事柄に対する決定権の制限を特徴とする。
- 性的奴隷という犯罪は、継続的に性行為を強要されることであり、最終的に強制的な性的活動に至る強制労働も含まれる。
- 性的奴隷状態とは、強制売春の形態のすべてではないにしても、その大部分を占める。
また大辞林 第三版の解説でも
となっている。
この点で、日本軍慰安婦制度はもとより、日本の公娼制度は、借金をかたに所有を認める制度なので、人身売買を伴う「奴隷制度」と言うしかないのだ。日本軍慰安婦たちが、一度売られた慰安所から再び転売され、各地に移動する例があるのは、その証左である。
小林よしのりやネトウヨ達が、自分たちの「おぼっちゃま」な主張をするのは勝手だが、「結婚できるから」「ピクニックやパーティに行ったから」性奴隷ではない・・・・という主張は「奴隷制度」に対する無知から生じているのがわかっただろうか?
それで全国の親御さんに言いたいが、子供にはぜひ文学作品を読ませるようにしていただきたい。もちろん、奴隷のようにひっぱたいてまで読ませる必要は無い。