河野談話を守る会のブログ2

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桜井よしこ氏の妄言(2)

    「河野談話は強制連行を認めている」「河野談話が強制連行の根拠である」と言って批判する     やり方
 
歴史修正論者は常に、同じやり方を踏襲する。
それは、批判する相手を批判しやすいように、ちょっと変えてから批判するというやり方である。
 
ほとんど、つくり話、捏造であると言える。
すでに
などで指摘しているように、書いてない事を妄想加工して批判しやすくしてから批判するのである。
 
こうして「河野談話の強制連行はウソである」というバカげた理屈が出てくる。
「吉田清ニの書いた内容はウソである」だから「強制連行はウソである」だから「河野談話の強制連行もウソである」と言う訳だが、これは最初から理屈が間違っている。なぜなら「吉田清ニの書いた内容はウソである」と例え証明されたとしても「強制連行はウソである」と証明される訳ではないし、さらに強制連行について書いてもいない河野談話を否定する十分条件ではないからである。
 
 
同じ事が桜井氏にも言える。
例えば、『文芸春秋』97年4月号に掲載された桜井よしこ氏の「密約外交の代償ー慰安婦問題はなぜこじれたのか」と題する論文の中で、こう書いている。
 
「(河野談話は)日本政府が聞き取りをすると決めた瞬間から、旧日本軍の強制連行の根拠となるべき運命だったことが見えてくる・・・」
 
まあ、何が見えてきてもいいのだが、彼女が勘違いしているのは、問題の「河野談話」の中には、「強制連行」などという文言は見当たらない、という事である。
以下掲載しよう。

慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話
1993(平成5)年8月4日
内閣官房長官 河野 洋平
 
いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島はわが国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多くの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。
また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
 
どう読み返してみても、「強制連行」などと言う文言は存在していない。

この文章の中に、「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」と書いてあるが、これは「強制性」と「痛ましさ」について述べているのであって「強制連行」について書いているのではない。
慰安婦の生活が強制性に満ちていた事、自殺者がいたほど痛ましいものであった事は、このブログに根拠となる第一次史料を多数掲載してきたはずである。
 
 
の中の「慰安婦は籠の鳥であった」では、逃亡したが憲兵隊につかまってしまった洪愛珍さんの話や慰安を拒否したという理由で、軍人につけられた傷が無数に刻まれている宋神道さん。その宋さんの話にある自殺した慰安婦などの話を収録している。
これらは皆、慰安婦に対する「強制」と「悲惨さ」を証明しているのである。
 
その他
などである。
 
では、いつから彼らは、このようなやり方をしはじめたのであろうか?
 
我々がウヨ達と対話する時、「強制連行の証拠はない」と言っているウヨはたくさんいる。
 
もともと河野談話に書いてもいない「従軍慰安婦の強制募集・強制連行」に対して「そんな証拠はない!」と追求する方法が印象操作に有効である・・・と知って、それを繰り返しはじめたのは、いつからなのだろうか?
 
(続く)