TBSラジオ 荻上チキ・セッション22番組上にて 吉見義明VS秦郁彦対局
この対局、明らかに吉見氏の知見が秦氏を上回っていた。
秦氏の方が、議論に馴れていたが、それでも吉見氏の知識は圧巻だった。
橋下市長 軍自体が日本政府自体が暴行脅迫をして拉致をしたという、女性を拉致をしたという、
そういう事実は今のところ証拠として裏付けられていないので、
そこはしっかり言っていかないといけないと思いますよ。
当時、慰安婦制度は各国の軍は持ってたんです。持ってたんです。当時はそういうもんだったんです。
ところが、なぜ欧米の方でね、日本のいわゆる従軍慰安婦問題だけ取り上げられたかと言ったら、
強制的に意に反して、慰安婦を拉致してですね、そういう職業に就かせたと、
レイプ国家だっていうことで世界は非難してるんだっていうところをね、もっと日本人はね、
その世界からどういう目で見られているかっていうところをもっと認識しなきゃいけないです。
ナレーター この発言がきっかけで慰安婦問題が再燃、慰安婦問題の経過をたどる。
河野談話発表、アジア女性基金受け取り拒否した者もいた。
閣僚の河野談話見直しを示唆する発言、欧米の議会からの非難決議もでた。
南部アナウンサー(以下敬称略)より二人のプロフィール紹介
荻上チキ 冒頭の一般的な慰安婦問題の経由についてどう思われますか。
(以下敬称略)
秦郁彦 そうですね、細かいことを言いますとね、多少ね、違和感のある部分がないでもないんですけど、
(以下敬称略) まぁ大体要約の要約みたいなもんですから、大きな過ちはないと思います。
吉見義明 経緯については異存はないですね。ただ一点歴史教科書ですけども、
(以下敬称略) 記述がなくなったのは中学校の教科書、でまぁ、それは全くなくなっているということですね。
荻上 ちなみに吉見さんと秦さんは以前TVで討論されていたことがあるということですが、
今回は15、6年ぶりですか?(二人笑う)
吉見 いや、研究所の近くではお会いしたことはありますけれど、まぁあの公の場で討論するのは
それ以来ということですね。
荻上 紙面上では並ばれていたということですよね。
秦 よく覚えてませんねぇ。
荻上 久しぶりということでよろしくお願いします。
最初の論点ですが、橋本市長の発言がありましたが、その件で質問メールが来ています。
橋下市長の一連の発言について、政治学的、歴史学的な面からどう評価されているか、
お聞きしたいです。
秦 まず、その政治的ということはね、歴史観側からはあれこれ言うべきことではないと思いますが、
まぁとにかく舌足らずであったと、そういう部分があちこちに見られたと、その辺が大きく
クローズアップされたと思うんですね。でこれは全然予定してなかったのがちょっと逸れて
この問題に入ったということで、まぁそういうことも考えてあげなきゃいかんだろうと思うんですけども。
事実関係に対してはですね、私は大体その通りだったとほぼ正確だったというふうに感じています。
荻上 例えば舌足らずだったというところはどういうところですかね。
秦 例えばですね、新聞報道なんかでは、当時のというのが最初は抜けてたんですね。
ですから、まさに現在の時点でですね、慰安所は必要であったと、いう風に彼が考えていると、
いう風にとられたようですね。ここは砲火が集中したところである。
後で言い直しましたよね。だからこれはですね、聞いてる方もね、彼はずーっと戦後も後の生まれですし、
当時の日本軍の指導者たちが、慰安婦を慰安所は必要であったと考えて設立したと。
つまりそういう意味なんですね、本当は。でそれが意図としてはちょっと舌足らずになっちゃったということでね。
他にもそういうのが何か所かあったと思います。
荻上 そのあとメディアに対して誤報だといったり論争になったりしたということですけども、
橋下市長の会見について吉見さんはいかが思われたでしょうか。
吉見 うーんまぁちょっとビックリするような、とんでもない発言だったという風に思いましたね。
というのはですね、舌足らずだったと仰いましたけれども、慰安婦制度が必要なのは
誰だってわかるわけですという風に仰っているわけで、これ素直に読めばですね、
当時も現在も必要だったという発言、になるわけですね。それとセットになって、
事実上、沖縄の米軍に風俗業の活用を勧めると、事実上買春を勧めるという考え方が
ピタリと平仄が合うわけですよね。失言だとか舌足らずだとかじゃなくて、本音でそういう風に
言って未だに撤回していないという点が非常に大きな問題だと思いますね。
荻上 今は許されませんよといった発言もそのあとにあったと思いますが、それは別ということですか。
吉見 在沖米軍に風俗業の活用を勧めるということは撤回されましたけれども、当時は彼はそれで
いいんだという風に思ってたんでしょうね。
ただし、前の方の発言はマスメディアの誤解だという風に逃げてるわけですね。
未だに撤回はしてないわけですが、それは非常に不誠実な態度だと思いますね。
荻上 先ほど秦さんの方が、歴史的な事実にたいしては大筋では正しいといわれてましたが、
吉見さんは彼の思想とは別に、歴史の認識という面ではどうお考えですか。
吉見 歴史的な事実としても彼はよく知らないということではないかと思いますね。
荻上 どういう点で感じましたか。
吉見 一つは慰安所で女性たちに対する強制があったということ自体を否定しているわけですね。
それから慰安婦制度が性奴隷制度であるということも否定している。
しかし実際に、女性たちは慰安所に閉じ込められてですね、数多くの軍人の性の相手をさせられた、
でそれが非常にひどい状態であるというわけですね。
しかも、慰安所の制度というのは軍が作った制度ですけれども、例えば居住の自由、もないわけですよね、
それから外出の自由もない。廃業の自由もない、拒否する自由もない、というような状況のなかで、
軍人の性の相手をさせられているわけですので。
そういう事実を彼は見落としてないということでしょう。
荻上 事実をめぐるご意見はお二人それぞれあるので、リスナーの質問を受ける形で、
様々議論していただきたいと思います。
南部 次の質問です。慰安婦という言葉はいつできて、誰が作った言葉なのか、そして世界的には
12:50 慰安婦と同じような意味の言葉はあるのでしょうか。教えてください。
秦 はっきりしないんですよ。つまりね、慰安婦というのは少なくとも日中戦争期の軍の公文書のなかにも
出てくるんですよね、慰安婦という言葉は。
それに従軍という言葉をつけたのは戦後ね、千田夏光氏だといわれてるんですけど、
これもね確実とは言えませんね。
で、慰安婦とですね、どういう存在なのかというと、当時日本は公娼制、つまり売春をですね、政府が認めてた
わけです。現在でも認めている国がありますけどね。で、その業に従事している女性たちですね、
これを娼妓と呼んでいたわけですね。ですから戦地における娼妓が慰安婦だと。
実態はそういうことで、基本的には同じ公娼制のですね、延長線上であったと、考えていいと思います。
荻上 延長線上ということは全く同じものではないということですかね。
秦 まぁそれはあの、当然のことながら一応戦地ですからね、だから一番大きな違いはですね、
内地の売春婦はですね、警察が監督してたわけですね。で、戦地に行った場合には
慰安所の慰安婦たちは憲兵と軍医が監督してたわけです。その違いですけどね。
憲兵はセキュリティ、つまり秘密漏洩とか、そういうことを防ぐためにですね、やはり関与してたということで、
それ以外は大体形態としてはそのまま延長線上、ということでね、同じ女性が内地の遊郭で働いていて、
今度はその高い給与をね、取れそうだということと、動員が大規模になりますとですね、
内地から男はどんどん減っていくんですよ。戦地に移っちゃうわけですね。
ですからそこへ移動して同じことをやると、そういう意味です。
荻上 元々公娼だった方も参加され、その延長線上だったということ、制度としては違う部分はあるけれども、
15:20 意味合いとしては同じということになるわけですかね。
秦 制度上の違いじゃないでかね、私に言わせればほぼ同じと考えていい。
荻上 ほぼ同じ。
秦 ええ。
荻上 吉見さんいかがでしょうか。
吉見 両者に関連があるということは言えると思いますけれども、明らかに別のものだと思うんですね。
(つづく)