河野談話を守る会のブログ2

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裁判における西岡力側の主張とこれまでの言説の乖離


        

      言葉を濁して逃げようとする西岡力

西岡力は長い間、植村隆を「捏造記者」として攻撃して来た。

植村が「女子挺身隊」と書いた事を1998年『闇に挑む!―拉致、飢餓、慰安婦反日をどう把握するか』では「まったくの嘘」「事実無根の主張」「まったくの捏造報道」「意図的な捏造報道」としている。

こういうのを悪意というのだろう。
厚顔無恥さは許し難い」という個人攻撃までしている。

2007年『よくわかる慰安婦問題』では「意図的な捏造」「植村記事の悪質な捏造報道」、
やはり個人攻撃を混えて「平気でウソを書く新聞記者」とまで書いている。

問題となった2014年の週刊文春記事では、「捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントしている。

こんな事を書いておいて、その上さんざん薄汚い個人攻撃までしておいて、裁判になると逃げ回り始めた。

なんと「”捏造”と書いたのは、”事実の摘示”ではなく、”意見”ないしは”論評”だ」と言い始めたのだ。

ハア?と呆れるしかない。
男らしくない事この上ない。
昔、中曽根康弘元首相が、「(兵士のために)慰安所を造ってやった」と自慢げに話していたくせに、いざ、慰安婦問題が始まると「あれは、碁会所だった」と述べて、関係者の怒りを買ったものだが、http://lite-ra.com/2015/07/post-1323.html なんだか、うんざりさせられる潔悪さはウヨの共通する性質らしい。

植村弁護団も呆れているらしく、事務局長である神原元弁護士は、
真実性を主張できない西岡氏の対応は、社会的に見れば「敗北宣言」したに等しい。私が植村氏はすでに勝利していると述べるのはそのような意味においてである

(2015/9-4『週刊金曜日』1054号、p26-p27、「捏造論が事実ではないと認めた西岡力氏」)
と書いている。そりゃそうだろう。

私の周りには西岡の主張に頷く人間はいないが、果たしてこの手の西岡の言い訳の仕方が本当に裁判で通用しうるのだろうか?高木弁護士との裁判でもこんなやり方をしたのだろうか?


西岡力は2014年(平成26)5月号の月刊誌『正論』でこんな事を述べている。

私は記事を書いた植村氏も本当に記者として許せないと感じます。私は言論で92年から名前を出して彼の記事がおかしいと言って来た。かつて朝日新聞を見舞ったサンゴ事件より酷いとも言いました。サンゴ事件は、自分が目立つために事実を曲げた話ですが、植村氏がしたことは、紙面を使って自分の義母の裁判を有利にする事実歪曲なのです。それは2重の意味で酷いと思う。
2014年(平成26)5月号、月刊誌『正論』、p64、「亡国の河野談話朝日新聞誤報、克服の展望」 西岡力山田宏の対談 )

こういう主張の中で「・・・許せないと感じます」や「・・・・酷いと思う」は確かに意見である。「思った」のだから意見を述べたというしかない。
しかし「紙面を使って自分の義母の裁判を有利にする事実歪曲なのですは意見であるとは言えない。断定しており明らかに「事実の摘示」である。「~と思った」「~のようだ」と書いているわけではないのだ。もちろん間違っているわけだが。

この後、西岡はさらに
まして紙面を使って自分の義理の母さんの民事訴訟を有利にするような記事を書いた、しかもそれは誤報でした。
2014年(平成26)5月号、月刊誌『正論』、p64、「亡国の河野談話朝日新聞誤報、克服の展望」 西岡力山田宏の対談 )
と書いている。

これも多分、事実の摘示」じゃないと言って逃げるのだろう。事実じゃないよ「意見」だと。しかし「~と思った」「~のようだ」と書いているわけではない。表現形式が意見ではないのになぜ「意見だ」と言い張れると思っているのか、が疑問である。

しかしもしこういうのが、「ただの意見だ」という言い訳が通るようになれば、もはや「あいつは捏造した」の言い放題になってしまう。どんなにそういう事を書いても「意見だ」と言えば言逃れができるのである。そうすると日本は無法地帯のようになってしまうだろう。ネットの中は今以上に・・・だ。
やれやれだ。いつからこの手の人間が日本に増殖したのだろうか?

この植村裁判はもしかしたら、”人間はここまで汚くなれる”という記録的裁判になるかも知れない。西岡の信奉している宗教には、「偽証をするなかれ」という立派な教えがあるのに、この男の厚顔無恥さは許し難い」(BY西岡自身)。