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『帝国の慰安婦』事態の混乱と「日韓合意」

  河野談話を守る会による論評『帝国の慰安婦

『帝国の慰安婦朴裕河著)は2013年8月に韓国で刊行された。発売当初韓国ではほとんど注目を集めなかったが翌年6月にナヌムの家に住む元慰安婦の方たちがこの著作を名誉棄損として訴え、やがて注目される中2014年11月に日本でも出版されている。この著作が出版された2ヶ月後近くの図書館に行くと、すでに100人以上が予約待ちだった。「慰安婦」問題関連では近年最も日本で注目を浴びた著作と言えるであろう。かし内容は様々な問題を抱えており、民事裁判では2015年2月にソウル地裁によって34カ所の削除命令の仮処分が出、今年の1月13日(すなわち今日)には判決が出ることになっている。

ハルモニ達による不快感の表明と名誉棄損の訴えにも関わらず日本ではこの著作の評価は高く毎日新聞朝日新聞の書評、コラムには、朴裕河をまるで英雄のように崇めた意見が掲載されてる。例えば、高橋源一郎氏は「ハンナ・アーレント」に模して称えており、山田孝男氏は「深慮の孤立」「深い洞察」と最上級の賛辞を与えている(リンク。安倍首相と何度も高級料亭に相伴し、微妙な言い回しで「特定秘密法」への反対意見を緩和していた毎日新聞山田孝男氏は(リンク)、14年12月22日のコラムでは『帝国の慰安婦』を引用して「慰安婦は・・・軍事基地ではありふれた存在である」という意見を表明している。さらに毎日新聞社は第27回アジア太平洋賞の特別賞を与えてこの著作を権威つけており、この賞を主催しているアジア調査会理事である長田 達治氏はツイッター上で、(『帝国の慰安婦』に批判的な)朝鮮日報批判を繰り返している(リンク)

NHKの籾井勝人会長が「どこにでもあった」論を展開したときには批判していたはずの朝日や毎日が、少し飾りつけを変えただけの『帝国の慰安婦を称賛しているという現象は、これらのリベラル陣営が右派の朝日新聞攻撃の前に後退し、被害者に寄りそう良心的姿勢を捨てて来た現実を如実に示しているのである。

「早稲田ジャーナリズム大賞」授賞もこの著作の権威を高めているが、その授賞理由に書いてあった「この本は日本人が抱く「ウソ」にも厳しい。」という文言は、後に「不確かな事実である」として削除されており、選考者の読みこみ不足を露呈している。https://www.waseda.jp/top/news/33751
 
この著作への高評価の理由には「日韓和解」を優先させる余りの”勇み足”という面も見られるが、その根底には元慰安婦の方々の語る被害の無視――「慰安婦」問題そのものへの無知がある。

『帝国の慰安婦は、戦後40年以上経っても悪夢に見舞われるPTSDや暴行の傷跡、韓国や台湾で名乗り出た被害者の半数以上が子孫を残せないという心身に残る深刻な被害をまるで描こうとしていない。皇軍慰安所を造ったことは彼女たちの人生を少女と言える時期に破壊してしまったが、この著作はむしろそのような被害は造られたイメージであり、被害事実を述べることが、日本軍兵士に共感を寄せた「同志的関係」を隠蔽していると主張している。裁判でも朴裕河氏側は「日本軍慰安婦問題の解決策」、「公共の利益」のためだ」(「主張要旨」)としており、被害者の名誉をまるで考慮していない点が特徴的である。『帝国の慰安婦を何度読み返しても、「慰安婦問題の解決」が何を指すのかは分からないが、どうやら朴氏のいう「慰安婦問題の解決」には、我々にとっては重要な項目である「被害者の名誉の回復」は含まれていないようである。この被害者の訴えを無視する姿勢こそ、日本国が今日まで「慰安婦」問題を解決できなかった根本原因であり、そういう意味では『帝国の慰安婦事態を巡る混乱は、日本軍慰安婦問題の混乱を象徴しているとも言えるであろう。

2015年11月18日には元慰安婦たちの訴えを入れて韓国検察による名誉毀損の在宅起訴がなされたが、日本ではこれを受けてこの著作の名誉棄損性をまるで論じる事なく、朝日・読売・毎日・産経など全国紙の社説がこぞって「検察による言論弾圧」として批判するという事態を迎えた。判を押したような全体主義の雰囲気の中で、1126日には朴裕河教授の在宅起訴に学者ら54人抗議声明』が発表されており、「私たちの名誉は『帝国の慰安婦によって傷つけられた」という元慰安婦達の訴えを無視して「この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず」と主張している。

これに呼応する産経新聞元ソウル支局長の件もあって「韓国政府の言論弾圧」に鼻息も荒い。恐ろしい事に朴裕河氏はどうやら日本の全国紙間の「(被害者無視という)一致・和解」には成功したようである。これが12月28日の「日韓合意」の下地となったのであろう。

『帝国の慰安婦とその賛美者たちの共有されるもうひとつの特徴には先行研究の無視と右派論説の広範な影響が挙げられるだろう。本冊子20頁に掲載されている『南支方面渡航婦女の取り扱いに関する件』は1996年に発見された警察関係資料である。この資料は業者を裏で操っているのが内務省と軍であることを裏付けているが、これをどうすれば業者が主体のように受け取れるのだろうか?『帝国の慰安婦はこれらの資料を完全に無視している。その代わりに文学作品や証言、自身の推測をつなぎ合わせ「彼女たちは…」と全体に適用しようとする。基幹にあるのは右派の慰安婦論である。「兵士との恋愛」や「業者の責任の強調」は昔なつかしの『新ゴーマニズム宣言3』を思い起こし、wikipediaを引用した「性奴隷否定」論は、1995年頃から本格的に論証されて来た吉見氏らの「性奴隷」論をまるで読んだことさえないレベルの稚拙さである。「業者の責任の強調」や「どこにでもあった論」は日本軍の責任の拡散と緩和のために編み出された右派の詭弁だが、慰安婦問題の原因を「帝国(主義)」にすることで、新たな責任の拡散と緩和を謀っている。この新しくて古い歴史修正に対して「歴史修正主義のマエストロ秦郁彦氏は「(秦と)似た理解」と太鼓判を押している」(週刊金曜日12月11日号金富子氏論稿)。そのマエストロ秦郁彦氏は、吉見裁判第8回口頭弁論で桜内被告側の参考人として立ち、『帝国の慰安婦を大量に引用した意見陳述書を提出している。

『帝国の慰安婦の事実誤認の指摘は、鄭栄桓氏、金富子氏、能川元一氏らによってすでに広範になされて来た。鄭栄桓氏は、『帝国の慰安婦が日本語に翻訳される以前からその方法と内容をブログで批判し、朝日新聞のインタビューでは「本は事実認識の誤りや資料の恣意(しい)的な解釈が多い。慰安婦にされた女性たちの名誉が侵害されている」としている。林博史氏も近著『日本軍「慰安婦」問題の核心』で9頁を使って「事実を歪める」「間違いを挙げるときりがない」と批判している。『帝国の慰安婦事態の混乱はこの著作自体に起因していると言えるであろう。

ナヌムの家側が公表した資料によると 朴裕河氏はユ・ヒナムハルモニに電話をかけ「自分は日本政府の地位の高い人物を知っているのだが、いくら渡せばいいのかと言ったということです。20億ならいいか」と告げたという。この話が本当なら『帝国の慰安婦事態は安倍政権が関与する歴史戦の一貫なのかもしれない。 

 

今日降った判決

朴裕河に賠償命令 約900万円