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【日本カトリック正義と平和協議会からの 「慰安婦」日韓外相合意に関する抗議声明】のしごくまともな内容



慰安婦」問題に関する日韓最終的合意についての談話
(2016年1月15日) 

      日本カトリック正義と平和協議会会長 勝谷太治司教 

  今回の「慰安婦」問題に関する最終的合意は、岸田外相が安倍総理を「代弁」する記者発表という形で公にされ、安倍総理大臣は朴槿恵大統領に電話でおわびを伝えました。しかしこの問題は国家による組織的人権侵害が行われたということであり、その被害者がおられるにもかかわらず、本人たちへの直接的な謝罪は全くなされていません。日本軍の「慰安婦」にされた被害女性たちに対するおわびは、被害者の名誉と尊厳がきちんと回復される方法でなされるべきです。今回の謝罪は被害者の痛みに寄り添っておらず、被害者不在のままでは何ら謝罪の意図が伝わるものではありません。また、発表では、「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」とされています。しかしこのような不十分な謝罪をもって、これを「最終的かつ不可逆的」とすれば、それは被害者の真の謝罪要求を、今後、口封じするものとなるのではないかと懸念します。また、どこかこれからはもう謝罪は口にしないというニュアンスを伝えるものになっていることも懸念されます。事実、安倍首相は「今後謝罪し続けることのない」ように、今回の合意文書を発表した旨のことを述べています。歴史的な過ちへの責任ある謝罪とは、今後二度とそのようなことを起こさないためにも行われるのです。そうであれば、最終的、不可逆などはありえず、その過ちを歴史に刻み、繰り返し思い返していくことが必要であり、加害者の側からは謝罪も繰り返しなされるべきです。ですから、在韓日本大使館前の少女像の撤去も、加害者側から要求するのはおかしなことです。更にそれが10億円の援助の代償であるかのような印象を与えていることも大変遺憾なことです。少女像はハルモニたちの尊厳回復の闘いの印として、民間が自主的に設置したものです。日本が犯したこの過ちとハルモニたちの闘いの歴史を、日本にとって都合の悪い歴史であったとしても、否、そうであるからこそ今後も記憶にとどめ続ける必要があるのです。今回の政府の態度は謝ったのだから過去のことは「水に流して」無かったことにしろと言っているようなものです。歴史はなかったことにはできません。記憶され続けるところに未来への展望があるのです。




もう少し、突っ込んで欲しかったかな。