河野談話を守る会のブログ2

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安倍元総理は慰安婦をどう見ているか?

 1、「慰安婦は商行為だ」と言う人々の中で

1996年、6月 自民党の「終戦50周年国会議員連盟」を改組して結成された「明るい日本・国会議員連盟」(会長:奥野誠亮会長、事務局長:板垣正)が生まれ、奥野誠亮会長は教科書問題をめぐり、「慰安婦は商行為であった」との主張を展開し、中学、高校歴史教科書での「従軍慰安婦」記述を攻撃した。

板垣正事務局長も「歴史の真実でない」「性的虐待のイメージを植え込む」などと述べた。

6月29日の奈良市の集会で奥野誠亮会長は改めて、「慰安婦は商行為」を強調している。

7月2日、自民党総務会において、桜内吉雄元衆院議長(「歴史検討委員会 顧問)が南京大虐殺や盧溝橋事件の教科書記述を批判。

浦田勝議員(「明るい日本国会議員連盟」幹事)も「従軍慰安婦」の記述を批判した。「教科書は植民地の婦女子を「従軍慰安婦」と決め付けているが、中には日本人も韓国人もいる。業者が募集し金を払って連れていったんだ。彼女達は志願した。拉致し、連行した訳ではない。明確な事実でもないのになぜ教科書に書くのか?南京事件では日本の憲兵は城内に入っていない。・・・」

こうした歴史教科書への非難を受けて7月26日に自民党内で、『歴史検定問題に関する小委員会』が設置された。

さて、この頃は目立った発言はしていないが、当時親米保守のプリンスと言われた安倍普三元総理大臣。
安倍寛(元衆議院議員)、岸信介(第56・57代内閣総理大臣)、佐藤栄作(第61 - 63代内閣総理大臣)などとも血縁関係を持ち、いつ総理大臣になってもおかしくなかった父親である安倍晋太郎(元外務大臣)の地盤を引き継いで衆議院議員となった安倍氏はまさにサラブレッドであった。

1991年、安倍氏が初当選した頃、引き起こされたのが「従軍慰安婦論争」であった。そして安倍氏は「明るい日本・国会議員連盟」などの影響を多分に受け、その慰安婦観を形成していく事になる。

やがて「明るい日本・国会議員連盟」の奥野誠亮会長は、敗戦時に内務官僚として政府と軍の戦時資料をことごとく破棄した張本人であった事を指摘され、(これはもし時効がないなら「公文書破棄」というレッキとした犯罪である)表舞台から姿を消した。(影で動いている)

さらに板垣 正氏はA級戦犯である板垣征四郎陸軍大臣の息子であり、軍人を賛美する「日本遺族会」の顧問も勤めていたことをマスコミに指摘され、表立って活動しなくなる。

やがてその活動と「歴史検討委員会」を引き継ぎ生まれたのが日本の前途と歴史教育を考える議員の会であった。安倍はその事務局長に就任した。






       2、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の妄言録


安倍元総理が属していた議連は次のようなものだ。

自民党歴史・検討委員会 → 日本の前途と歴史教育を考える議員の会(2004年2月に名称から「若手」をとった)(事務局長)

日本=日本会議国会議員懇談会(副幹事長)

教育基本法改正促進委員会(自民・民主による超党派議連)(元事務局長)

超党派議員連盟歴史教科書問題を考える会

神道政治連盟国会議員懇談会(事務局長)

50年・終戦50周年国会議員連盟及び後継組織の「明るい日本」国会議員連盟(事務局長代理)

憲法調査推進議員連盟超党派改憲議連)

みんなで靖国神社に参拝する会・この数年間の靖国参拝議員(代理参拝を含む)、

北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(「拉致議連」)


さて、この中から(上で述べられている)安倍氏が幹事をしていた 日本の前途と歴史教育を考える議員の会がどんなグループだったのか?その考え方を探ってみよう。

ウィキペディア『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』を検索すると彼らの考え方についてこう述べている。

歴史教科書、慰安婦南京大虐殺問題に関し否定的な立場から提言を行なっている




では彼らの語録を拾ってみよう。

「この程度のことは違う立場から見れば、戦争だったわけですから当然のことなんですね。これが強制連行と言ったらひどすぎますが、連れていくのに全然自由意思で『さあ、どうぞ』という話などないわけですね。
  しかし、この程度のことを外国に向けて本当にそんなに謝らなきゃいかんのか。誰がひどいと言ったって、戦争には悲惨なことがあるのであって、当時、娼婦というものがない時代ならば別ですけれども、町にあふれているのに、戦争に行く軍人にそういうものをつけるというのは常識だったわけです。働かせなきゃいけないんです。兵隊も命をかけるわけですから、明日死んでしまうというのに何も楽しみがなくて死ねとは言えないわけですから、楽しみもある代わりに死んでくれ、と言っているわけでしょう。」
 (日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編『歴史教科書への疑問』展転社、平成9年、435~436ページ)
 

これは「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が河野洋平衆議院議員を講師として招き、同氏が官房長官時代(1993年8月4日)に発表した前記の談話(「慰安婦関係調査結果の発表に関する河野官房長官談話)の経緯を説明した後の質疑の冒頭で小林興起議員が行った発言の記録である。




「もしそれが儒教的な中で50年間黙っていざるを得なかったという、本当にそういう社会なのかどうかと。実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんですけれども、そのへんについて、石原さんは疑問に感じられなかったかどうかということをお伺いしたいと思います」

(同書「歴史教科書への疑問」より、石原信雄前内閣官房副長官への安倍晋三からの質問)


つまり、軍慰安婦問題の前に朝鮮半島には娼婦(キーセン)がたくさんいたのだから、慰安婦問題は大した問題ではないのではないか?と言いたい訳だ。

さて、2006年、安倍氏は総理になって、こうした発言を封じた。





        3、本音では、河野談話を否定しているが、首相として「河野談話」を継承すると述べた・・その二枚舌

ウィキペディア安倍晋三には、次のように書かれている。

慰安婦問題・河野談話日本のこれまでの歴史教育に異議を唱え、「新しい歴史教科書をつくる会」を支援して来た自民党内部の議員連盟日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会の事務局長を務めた(現在は顧問)。同会は特に「侵略戦争」や「慰安婦」問題の教科書記述に批判的であり、証拠もないまま旧日本軍による慰安婦の強制連行を認めた「河野談話」を発表した河野洋平を会に呼んで、談話の撤回を要求したこともある。

1997年の国会でも、慰安婦の強制連行の根拠とされて来た吉田清治の証言が虚偽であることが判明したため、「河野談話」および教科書への「慰安婦」の記述を載せることは問題であると指摘している[90]。

自民党幹事長代理時代の2005年3月27日の講演会でも、「従軍慰安婦は作られた話」と語っている[91]。

総理就任後の2006年10月5日には、これまでの主張を封印し、「河野談話」を「私の内閣で変更するものではない」とし、政府としては引き継いでいくことを明言

2007年3月1日、河野談話に関する記者の質問に「旧日本軍の強制性を裏付ける証言は存在していない」と語った。米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案について、同年3月5日の参院予算委員会において「決議案は客観的事実に基づいていない。」「決議があっても謝罪することはない」との見解を述べた。

社民党辻元清美慰安婦問題に関する質問主意書[92] に対して、政府は2007年3月16日の閣議で、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書[93] を出した。

慰安婦」問題については存在しないとする立場を従来からとってきたことと、自民党有志でつくる「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」による河野談話見直し発言[94] が一部マスコミの反発を招いた。

2007年3月4日テレビ朝日の番組に出演した世耕弘成首相補佐官は、「河野談話を継承する」と発言[95] し鎮静化を図ったが、近隣アジア諸国を中心に非難が巻き起こった[96]。

安倍はその後、慰安婦について日本の責任を認める発言をしたと報じられ[97]、2007年4月27日には海外メディアのインタビューに答えて、「極めて痛ましい状況に慰安婦の方々が『強制的に』置かれたことについて大変申し訳なく思う」(I feel deeply sorry that they were forced to be placed in such extremely painful situations.)、「私たちは、戦時下の環境において、そうした苦難や苦痛を受けることを『強制された』方々に責任を感じている」(We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time.)とお詫びを表明したと米国で報道された[98]。また同日の日米首脳会談で、ブッシュ大統領との会談で「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」と謝罪したと伝えられた[99] 。しかし、「強制された(forced)」という言葉は、日本メディアは総じて報道しておらず、また安倍のそれまでの考え方と大きく違う発言でもあるため、英訳する際の「誤訳」の可能性を指摘する声が出た[100][101]。これについて安倍は後日、大統領に慰安婦問題を「謝罪した」と報じられた問題に対し、「会談で慰安婦問題は全く出なかった。そもそも日本が米国に謝罪する筋合いの話ではない」と謝罪はしていないことを示した[102]。第21回参議院議員通常選挙敗北直後の2007年7月31日、アメリカ下院で慰安婦非難決議は採択された。


こうして解るように、安倍元総理は「慰安婦はただの商行為であり」「その強制性を否定している」のである。

それは彼のブレーンの一人である西岡力氏のこの論文からも解る。西岡力ドットコム「危険水位を超えた慰安婦問題を巡る対日謀略宣伝——体系的反論キャンペーンで嘘を打ち破れ」

ここで西岡氏は、「日本は、河野談話にかわる慰安婦問題に関する新たな官房長官談話を出すべきだ。」と主張している訳だが、この主張を受けて安倍元総理は今回の選挙で「「再び首相になった場合には、慰安婦募集の強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官(当時)談話を見直す」と述べているのである。

しかし、このブログですでに述べて来たように「河野談話」は正しいのである。

そして、もし河野談話を変えてしまえば、極東アジアで日本は孤立するであろう。安倍氏にその責任がとれるのか?